【改】わたしが旅に出る理由

あすか
こんにちは!
自分の録音した声とか、以前書いた記事とかを読むとどうしようもなく
小っ恥ずかしくなるのはわたしだけですか???

最近久しぶりにブログを書いてから、前の記事を読み返したりしてみたんですが
前やってたはてなブログからコピペしただけだから、とにかく読みにくい!
リライトすればいいものの、旅に出る前と出た後で考えることも
変わったので新しく書いていきたいと思います。

今日リライトするのはこちら ▼

内容がかぶることが多々ありますが、内容をもうちょっと掘り下げて書きたいと思います。

旅に出るきっかけ

わたしのある意味の恩師


今からさかのぼって8年前(そんなに経ったのか…)
高校2年生になって社会の選択科目で世界史をとったわたし。
正直、1年生のときの必修の近代史ですら興味がなかったです。
選択でとってはみたものの相変わらず興味は湧かず、点数も散々でした。

そんな世界史の担当の先生は、個性的な学校の名物先生でした。
「東大卒らしいよ」って噂もありましたが、結局最後まで教えてはもらえませんでした。笑
ただ、たぶんそうなんだろうなってことで「頭いい人ってなんか個性的だよね〜」って話を
友だちとしていたのを覚えています。

そんな先生が世界史の授業で「ここ行ってみたいんだよなあ…」ってつぶやいたのが
インドネシアのボロブドゥール遺跡でした。
その時に「あ、じゃあいつか行ってみたいな」って思ったのを覚えています。
この先生が言うんだから、それほどの価値があるんだろうな」って感じのふわっとしたものでした。

ちなみに別に行きたい大学も、将来やりたいことも特になくて、未来が不安でしかなかったわたしは
担任の先生よりも、この先生に毎日のように進路相談に行っていました。
(もちろん担任の先生も、信頼できる生徒思いのいい先生でした!)
毎日毎日、結論の出ないアホの話を聞くのも大変だったと思います。笑
でも、そういうこともあって、なおさら授業中の言葉が残ったんだと思います。

ちなみに肝心の世界史はセンター試験での50点くらいでした。笑
もっと低かったかも。笑

悔しさが残る大学時代

わたしが行ってた大学は、構内の桜がきれいな地方の小さな大学でした。
それでも毎年、学年の3分の1から半分は休学して留学していく大学でした。

わたしの初海外は大学2年生の夏休み。1ヵ月だけの短期留学でした。
正直、英語はすきな方だったのですが会話ができない自分に凹みました。
その悔しさもあって、休学して留学したいと思いましたが、大学に出してもらうときに
「4年で卒業する」という約束だったので叶わず。
同じく短期留学した友だちがどんどん休学して、日本から飛び出していく中、
嫉妬で狂いそうな生活を送っていました。笑

初めての海外で自分の思うように英語を話せなかった悔しさ
周りの経験に嫉妬している自分がとんでもなく嫌だった

今になって思えば、ただ海外に行きたかっただけで、留学して勉強したいっていうほどの
熱意はなかったと思います。
でもこれが大きなきっかけになりました。

旅に出た理由

理由はとにかくシンプル

行きたかったから行きました

海外で行きたいところ、やりたいところを書き出してみたら思いの外たくさんあって、
なんでそこに行きたいか、とか、なんでそれをやりたいのかって考えても
ただ行きたいし、やりたいっていう理由しか出てきませんでした。
恋愛もそうですよね、好きとか会いたいに理由はないですもんね(急にどうした)

ただ「行ったからにはなにかしなきゃ!」とも思ってたわたしは、
旅に出てから、かなり早い段階で疲れました。笑
「なにもしない」ってことが考えられなかったんです。

「なにもしない」ことを知ってからは楽に旅をすることができるようになり、
自分のすることにいちいち理由をつけなくなりました。
行動する時点で、すでに理由はあるんだと思います。

就職をしたくなかった


「イマドキの若者は〜!」なんてお叱りの声が聞こえてきそうですが、まあ聞いてください。笑

前述したとおり、休学して留学する夢は叶わなかったわたしですが、
「大学を卒業した後は、自分の好きなように生きなさい」と言われていたわたしは
その時点で就活をしないことを決めていました。
その代わり、みんなが就活に充てている時間をほとんどバイトに費やしました。

当時わたしは平日はスーパーのレジ打ち、週末は結婚式場と居酒屋の掛け持ちをしていました。
特に週末の結婚式場のバイトは、大学に入ってから続けていたのもあって仕事にも慣れていました。
そんなこともあって、平日はパートとして事務の方でシフトを入れてもらい大学のゼミ以外は
ほぼ式場で働く生活をしていました。

しかし、人手不足で満足な指導を受けられないまま、慣れない事務作業に追われ、
残業せざるを得なくなり週に1回のゼミも行けなくなる日が続きました。
そんなある日、事務所までの階段を登れなくなりました。その後もなんとか続けていましたが
決定的な出来事があり、自分が仕事に責任を持てなくなったこともありやめました。

その後、紆余曲折を経て、ネオンの世界に飛び込みました。これが大学4年生のときでした。
前の記事では就活したくなかった理由を書きましたが、こういう理由もあって就職に対して
嫌悪感を感じてしまったのもあります。もちろん事務の仕事でも学んだことはたくさん
ありましたが、その中でも精神をすり減らすツラさがいちばん残ってしまいました。

その結果「ここでは必要とされなくても他では需要あるんだ!」っていう反抗心と、
華やかなネオンの世界でもなんだかんだツラいことは多かったので
「こんなしんどい思いして働いてるんだから絶対目標達成しよう」という決意もあり
海外ひとり旅を決行しました。

まとめ

前に書いた記事の改訂版ということで書いてみましたが、結局わたしを旅に駆り立てたのって
嫉妬と反抗心とちょっとの興味みたいなもんですね。笑

ひとり旅を始めてからも、新しい悩みや葛藤がありましたが、昔抱いた悔しさとかを思い出すと
そのときよりかは英語もしゃべれるようになったし、開き直り方もわかるようになったし、
過去に感じたドス黒い感情よりも、達成感や充実感の方が勝るようになりました。

旅に出る理由はそのときそのときで変わっていくかもしれないけど、
これからも「行きたい」っていう気持ちを大切に旅を続けていきたいと思います。

だいぶ内容被ってるけど、ライティングのスキルは上がったと信じて…!
ではまたー!

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